2012年 秋号

富士常葉大学大学院環境防災研究科教授 重川希志依さんに聞く

「釜石の奇跡」から学ぶ─ 教育現場で見直すべきこと
災害の“追体験”から学校独自の防災教育を考える

昨年3月11日の東日本大震災を教訓として、児童の命を守るために、教育現場で考えておくべきことは何なのか。防災のエキスパートとして知られる、富士常葉大学大学院環境防災研究科教授の重川希志依さんに聞きました。

田村 学

重川 希志依(しげかわきしえ)
東京都生まれ。東京理科大学理工学部建築学科卒。(財)都市防災研究所主任研究員、研究部長を経て、2000年4月から富士常葉大学環境防災学部助教授。2003年4月から現職。専門は都市防災、地域防災、防災教育。

小学生は防災教育が定着する絶好の時期

― 東日本大震災で津波被害に遭いながら、一人の犠牲者も出さなかった岩手県釜石市の釜石東中学校と鵜住居小学校。この事例から、教員が得られる教訓はどんなことだと思いますか?

 “釜石の奇跡”といわれますが、私は、これは奇跡ではなく必然だと思っています。釜石市鵜住居地区の住民に話をうかがうと、5、6年前から地元の人たちが学校で津波の教育を一生懸命やっていたそうです。算数でも国語でも、教育は定着する時期に教えることが大切です。防災教育のように体で覚えることは、大人になってからでは勝手な解釈が入ってしまい定着しにくいですが、子どもはひたすら教えられたとおりに実行します。実は釜石だけでなく、児童生徒が日頃から教えられてきたことを、きちんとできたことで、被害ゼロだった学校はこれ以外にもたくさんあります。

― まさに教育の成果としての必然ということですね。

 適正な時期に身に付いていると、大人になっても無条件で行動に移せる。これは環境教育でも道徳教育でも同じです。小学校の時期は特に、行動を伴う学習が大事な時期です。だからこそ、小学生のときに正しい防災教育をしておかないといけないのです。

自分の身を自分で守れる技術を

― 正しい防災教育の一番のポイントはどこにありますか?

 小学生の時期でしたら、最低限、自分の身は自分で守れるような行動技術を定着させることですね。たとえば、地震のときは大抵、「机の下に潜って机の脚を持ち、揺れが収まったら、防災ずきんをかぶって校庭に避難する」―と教えられています。でも、潜るべき机がない場合もあります。以前の例では、地震があったとき、書き初めをしていてイスも机も廊下に出していた。そのため、潜るべき机がない子どもたちは茫然自失。揺れが収まったら、自分の防災ずきんを探すのに右往左往でした。大人なら臨機応変に手近なものを身に着けますが、子どもは教えられたとおりにやりますから、自分の防災ずきんを取らなくてはダメだと思い込んでしまいます。体育館でも運動場でも下校途中でも、隠れるべき机はありません。このように、「机がないときは、どうしたらいいの?」ということを、先生たちに考えてほしいのです。

― この場合、どういう訓練をすればいいのですか?

 体の中で一番大事なのは頭ですから、まず頭を守ること。机がなければランドセルでも、上着でも、体操服入れでも、守る物があればそれを頭にかぶせ、何もなければ手で覆う。腕の内側は動脈があって大事ですから、手の甲を外側にして頭を抱えれば何かが当たっても大きなケガにはなりません。それと、頭でも一番大事なのは頭中線のところ。ここが出ないように、「しゃがんで頭を丸めて手を寄せて覆う」―これだけでも最低限の安全は確保できます。たとえば全校集会のときに、1、2の3で、しゃがんで丸まって頭を隠す姿勢を取らせる訓練をしてみたらどうでしょうか。小学校のとき徹底できたら必ず実行します。校庭にぞろぞろ出るような避難訓練より、ずっと命を守ることにつながります。

体験に基づいた「暗黙知」から学ぶ

― 釜石の防災教育は、ほかの学校と何が違ったのでしょうか?

 釜石の中学校で、先生と一緒に防災教育をしていた方は昭和7年生まれです。昭和8年、35年の津波で、ひどい被害を受けた方が語りついでいるんです。自分が命がけで生き残って、死なないために何を伝えていくかを、明確に持っていることが大きな差ではないでしょうか。

― 一般の学校で、経験や体験に根差した防災教育をするにはどうすればよいでしょうか?

 マニュアルには書ききれないような「暗黙知」が大切です。単なる手記とか体験よりは、もう少し深みのあるエピソード、体験談の記録を教育に取り入れたり、先生たちが知ったりすることが大切です。震災当日、みんながずぶぬれの中、0度を下回るような場所で一晩どうやって過ごしたのか、子どもたちを親にどう手渡したのかといったプロセスを理解できるような細かい体験談。言ってみれば、追体験ができるようなものです。何が災害時に起きるか疑似体験できたら、それに備えて何をしておけばいいかがわかります。

― 効果的な防災訓練の方法はあるのでしょうか?

 避難とは「難」を避けること。立 地条件によって、地域が背負っているリスクは違いますから、いい方法というのは、ケースバイケースで考えなければなりません。先生たちには、「自分の学校の子どもたちを死なせないために、何を教えておくべきか」ということを第一に考えてほしい。マニュアルに頼らず、学校独自に考えてみることが大切です。

現状の防災避難訓練は本当に役立っているか?

見直しのポイント

【1】慣習的に行っている訓練行動を検証
「ハンカチで口を押さえる」「腰をかがめて逃げる」といった行動は本当に有効か。「有毒ガスや一酸化炭素はハンカチで防げるか?」「火災時に腰の高さまできれいな空気が残っているのか?」といった視点で、ステレオタイプの訓練行動の有効性を検証する
【2】「隠れるべき机がない」といった想定外の状況も視野に入れる
一定の状況だけを仮定した訓練計画ではなく、さまざまなシーンで役に立つ“命を守るため”の行動の仕方を児童に練習させておく
【3】自分の学校で必要な訓練の種類、内容の再検討
避難訓練は火災を想定したものが多いが、実際に学校の火災で児童が死亡するケースはほとんどない。学校の立地などをかんがみて、本当に起こりうる災害を想定して必要な訓練を計画する
【4】災害の体験などの参考になる情報を収集する
データや数字ではなく、実際の被害を追体験できるような資料や被害に遭った人の実体験を参考にして、防災避難訓練の計画を作成する

災害の追体験に活用できる情報源

「防災の決め手『災害エスノグラフィー』―阪神・淡路大震災秘められた証言」(日本放送出版協会刊)

「防災の決め手『災害エスノグラフィー』―阪神・淡路大震災秘められた証言」(日本放送出版協会刊)

阪神・淡路大震災を経験した人々の証言から追体験ができるような情報を記録

「12歳からの被災者学 阪神・淡路大震災に学ぶ78の知恵」(日本放送出版協会刊)

「12歳からの被災者学 阪神・淡路大震災に学ぶ78の知恵」(日本放送出版協会刊)

阪神・淡路大震災で何が起こり、何を教訓に生かすべきかをまとめた一冊。大人が読んでも参考にできる

 
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