2013年 春号
「行動する教育学者」
学習院大学教授・東京大学名誉教授 佐藤学さんに聞く
教師の専門性を高め、子どもの学力を飛躍的に引き上げる学校改革 「学び合い」の授業と「同僚性」が鍵
子どもの学力を高める授業はどうしたら創れるか─。
学力低下など、学校教育現場のさまざまな課題に通じる問いについて、
「行動する教育学者」として、2500 校以上で「学びの共同体」改革を実践研究してきた学習院大学教授・東京大学名誉教授の佐藤学さんに聞きました。
「学びの共同体」を基本に子どもも学びで支え合う
―公立学校で飛躍的な学力向上に成功されていますね
私が実践してきた「学びの共同体」創りの学校改革とは、一人残らず子どもたちに学ぶ権利を保障して、一人残らず教師も成長できる学校をつくるというもの。学力を巡る問題には、学力の低下、格差、質がありますが、「質」と「平等」を同時に追求する。そのためには、地域の支援、校長のリーダーシップはもちろん、教師同士の協力と支えが必要です。その連帯が「学びの共同体」です。さらに、大切なのは、授業の現場では、子どもたちが互いの学びを尊重し合って高まっていくことです。例えば、1、2年ではペア学習、3年生以上は男女混合の4人グループでの「学び合い」。と同時に、教師は思い切って教科書レベル以上のジャンプ課題を設定する。そして、すべての教師が授業を公開して事例研究を通して学び合う。こういう学校改革を始めて15年。どのような学校でも一人残らず学ぶようになるし、問題行動もなくなっていく。不登校も8割は解決し、いじめも起こりません。多くの学校が〝豹変〞していくのを目の当たりにしてきました。
教師同士が育つための連帯を作る
―公開授業や事例研究を通しての学校改革とは?
実は、改革が最も困難なのは小学校です。これは世界的な傾向。その最大の理由は教師の孤立です。小学校教師は教室で行き詰まってもだれも助けてくれない。全部自分の責任です。この教師の孤立を克服しない限り、小学校の教師は幸せになれません。改革をして最初の1000校は失敗ばかりでしたが、その中で学んだのは、一人でも教室を閉ざしている教師がいると、その学校は変わらない。多様性を尊重して教師同士が専門家として育ち合う連帯が作れるかどうか、学校が成功する決定的な要因は「同僚性」の構築です。教師の専門性を高めるには、一人残らず、教師が相互に授業を観察し合って学び合わなくてはなりません。年3回の研究授業では変わりません。3年で100回はやらなくては。
―公開授業の意義はどんなところにありますか。
教師の成長には2つの面があります。一つは技法とスタイルを持つ職人としての成長。言葉の使い方、間の取り方、子ども同士のつなぎ方…。いったんは先輩を模倣して自分のスタイルをつくる。ところが、子どもの扱い方や学級運営はうまいのに、授業の中身が乏しい先生がいる。もう一つの面、知識と理論が欠けているのです。教科書を教えることはできても、算数が持っている数学的意味を教えることができない。教科の教養、教育学の教養、この知識レベルを上げないと。2つのどちらが欠けてもダメ。それを育てるのが現場と大学の共同であり、授業の事例研究です。
―いわゆる「よい授業」はどんなものですか。
よい授業を作ろうとするところに実は落とし穴があります。よい授業なんていらない。大切なのは、一人残らず安心して学べる関係作りと、夢中になって学べる授業作りです。子ども一人では高いレベルに到達しません。学びをつなぐことが大切です。「聴く」「つなぐ」「もどす」(別項参照)。これが教師の仕事です。子どもたちが夢中になり、高いレベルに挑戦できる授業をするのは、よく聴ける教師であり、つなぐ仕事を丁寧にやっています。ヘタな教師は、自分で先に引っ張っていこうとしますが、良い教師は、子どもを後ろに引き戻して大きくジャンプさせる。授業研究の良くない所は、批判など評価と助言ばかりで学ぶことをしない。僕も1万回以上授業研究をしていますが、助言は絶対しない。自分が学んだことを伝えるだけです。正解が、百通りある教え方の議論をしてもしょうがない。子どもの学びがどこでつまずいたのか、どこに可能性があったか、研究をする。従来のように教材を研究して、発問を研究して検証していくという形から抜け出さないと専門性や同僚性は育ちません。
〝ジャンプ課題〞で学力が飛躍的に伸びる
―〝質の高い授業〞ジャンプの課題について教えてください!
一つの単元に取り組む前に、新書一冊でいいから読んでください。その単元の世界を知るのです。そして思い切って挑戦すること。たとえば、かけ算は九九から入らなくて、ダースから導入した方が良い。大切なのは一あたり量。「4+4+4」は「4と4と4を足す」のではない、「4のまとまりが3つある」…。教材の本質をみたらジャンプ課題の必要性がわかります。ジャンプ課題を入れるもう一つの意味は、できない子ほどジャンプ課題に夢中になるということ。基礎がわからないのに発展問題は無理だと思うでしょう。それは一人でやらせるからです。できない子どもは応用によって「あ、こういうことだったのか」と基礎を理解する。思考力、探究力が先に伸びて、知識はあとからついてくる。協同の学びが成立することで飛躍的に伸びるのです。
―小学校の先生にエールを
竹のようにしなやかに。竹が軽やかなのは、根がしっかりしているから。これが教養であり、思想であり、哲学です。同僚から学び、経験に学び、子どもに学ぶ。そのしなやかさで教育を創っていきましょう
学びの流れを〝切って〟いませんか?
授業の質を高める「聴く」「つなぐ」「もどす」はたらき
- ● 「聴く」
- 一人一人の子どもの発言を味わい深く受け止め、ときには「○○というんだね」とリボイス(再話)してほかの子どもたちに返す。その発言がテキストやほかの子のどの言葉に触発されたものか、その発言がその子自身の前の発言とどうつながっているかを認識しながら聴く。
- ● 「つなぐ」
- 教材と子ども、子ども同士、知識と知識をつなげる。「他に意見は?」「○さん、 どう思う?」という問いかけは流れを切っている。「なんで、そう思ったの?」ではなく、「どこからそう思ったの?」なら、「教科書のここに書いてある」「○さんが、そういって考えた」と授業のつながりが生まれる。子どもが小さい声で発言したときも、「聞こえなかったから、もう1回大きい声で」ではなく、「面白いこと言ってくれたね。もう1回、みんなで聞こう」とつなげる。
- ● 「もどす」
- 「次はどうするか」を意識するあまり、一部の子どもの発言を頼りに「前へ」 「前へ」進行することに傾斜しがち。結果、多数の生徒が置き去りにされる。流れをもう一度、テキストやグループへの話し合いへ「もどす」ことこそが、学びの質を高める。
「学び合う教室」学校改革3部作 (いずれも佐藤 学 著)
「授業を変える学校が変わる―総合学習からカリキュラムの創造へ」(小学館)
「学び」を中心にすえた教育、授業改革の実践プロセスをわかりやすく解説。2000年刊
「教師たちの挑戦―授業を創る、学びが変わる」(小学館)
国内・海外を含め「学び合う教室」「学びの共同体」創りに挑む教師二十数人の授業例を詳しく紹介。2003年刊
「学校の挑戦―学びの共同体を創る 」(小学館)
「協同学習」「学びの共同体」など、佐藤さんの学校改革を体系的にまとめた一冊。2006年刊